黒川博行の新刊「熔果」が新潮文庫から今月発売された。さっそく買って一気に読んだ。
元刑事の堀内と伊達のシリーズ4作目。ノンストップ・クライム・サスペンス。無茶苦茶面白い。
そんな脅かしたり、殴ったり、騙したりする暴力的な小説が多いなか、直木賞作家の黒川博行は美術小説も手掛けている。
実は、黒川博行は京都市立芸術大学を卒業し、高校の美術教師までやられていたのだから美術についてはめっぽう詳しい。
今回紹介する「蒼煌」(文春文庫)は、サスペンスでもミステリーでもなく、美術界の権力闘争を描いた作品。2007年に文春文庫で文庫本化された。ちょっと古いが、これが隠れた美術小説の名作。
芸術院の会員選挙での二人の日本画家の派閥抗争が興味深い。
日本芸術院の会員選挙は、会員に欠員がでた際に会員の投票により選ばれる。二人の候補者は票を得るために現金や高額な贈り物をし、数億円の選挙戦を行うというストーリー。候補者のうち一方は欲にまみれた俗人の画家、もう一方は人望に溢れ、そのため不本意ながら選挙戦に参戦する善良な画家を対照的に描いている。
そもそも芸術家、とくに画家はすべからく独善性が強くなければ務まらない。
自分の絵を信じて描き続けるには、常識的で穏やかな人の好い性格では長続きするはずがない。批判を受け流し、執念深く、才能を信じ抜く強い心を持っていなければ自分の絵を確立させることなんかできない。
その画家の独善性と執念を小説として仕上げたのが本作である。
画家が絵だけではなく、描くことによる名誉を欲することは理解できる。名誉を与えられるということは、自らの絵が認められたことになるからだ。
しかし、本作は滑稽な権力闘争を客観的に見ながら、冷静に「絵を描くということはどういうことなのか?」との問いを読者に投げかけている。当然、黒川博行は読者に正解を求めているわけではない。
「なぜ絵を描くのか?」との問いに対して、本作の登場人物を含め、明確な回答を出せる人などいないからだ。
黒川博行は、本作以外にも美術を題材とする小説を書いている。例えば、「絵が殺した」や「文福茶釜」はいずれも贋作を扱っている。偽物に対する作家の視点が面白い。厳しくもあり優しくもある。
黒川博行のART好きな気持ちが伝わってくる。
黒川博行は本作について、「本の話」の対談のなかで読者に向けてメッセージを語っている。
「本当、特殊な職業やもんな。この中に出てくる梨江なんかも食えてへんもん。だから、絵を描くのが好きという人間はいっぱいおるけど、画家になるのはやめたほうがいいですよ」