浮世絵師の菱川師宣を主人公とする、梶よう子の小説「吾妻おもかげ」を読んだ。
梶よう子は、幼い頃から時代劇が好きで、学生時代に浮世絵や江戸風俗に興味を持ったことをきっかけに時代小説を読み始め、小説家としてデビューしたらしい。小説「ヨイ豊」では2代目歌川貞国を取り上げて直木賞の候補になり、小説「広重ぶるう」では歌川広重を取り上げて新田次郎文学賞を受賞している。また、浮世絵師だけでなく、摺師安次郎シリーズでは浮世絵の摺師を主人公にして、その世界を描いている。
さて、「吾妻おもかげ」。
「浮世絵の祖」と称される菱川師宣を描いた、事実に基づくフィクション。

実際の菱川師宣は、安房国(千葉)の縫箔師の家に生まれ、江戸に出て狩野派、土佐派、長谷川派といった幕府や朝廷の御用絵師たちの技法を学んだというが、この小説のなかでは、狩野派に入門しようとするが門前払いされる。
「お前の画はなんだ? 土佐か? 長谷川か? それとも唐絵か? 狩野を侮っているのか。このようながらくたをみせられるのは不愉快だ」
菱川師宣は、それまで絵入本の単なる挿絵でしかなかった浮世絵版画を、鑑賞に堪え得る独立した一枚の絵画作品にまで高めるという重要な役割を果たしたと評価されているが、この小説では、岩佐又兵衛に絵を認められ、鱗形屋孫兵衛や英一蝶のビッグネームと出会い、やがて菱川派を立ち上げ、「見返り美人図」が出来上がるまでをフィクションを織り交ぜて描いている。
岩佐又兵衛は江戸時代初期の絵師で、辻惟雄の「奇想の系譜」で取り上げられている。
鱗形屋孫兵衛は江戸の地本問屋で、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」にも登場し、蔦屋重三郎のライバルとして片岡愛之助が演じている。
英一蝶は、日本の江戸時代中期の絵師。狩野派に入門するが破門され、生類憐れみの令に対する違反をして三宅島へ流罪となるなど、破天荒な絵師。先日、サントリー美術館で開催された「英一蝶展」が好評だったのは記憶に新しい。
これだけのビッグネームが脇を固めるのだから美術好きにはたまらない。断片的な知識を体系的に整理するのにも役立つ。
しかし、実際には、菱川師宣が亡くなったのが1694年。岩佐又兵衛はその44年前の1650年、英一蝶は30年後の1724年。現実的には重なっているとは思えないが、何かしらの影響を与え合っていたのは間違いないだろう。
さて、「吾妻おもかげ」のラスト。
「見返り美人図」を吾妻美人の菱川師宣の面影の女として結んでいる。
「見返り美人図」は菱川師宣の代表作。1948年(昭和23年)に記念切手の図案に採用され、日本の記念切手の代表。
本作が単行本として発行された際には、その表紙を飾っている。

小説のなかで遊女のさくらのセリフが印象に残る。
「だから憂いばかりの世だと諦めたら負けなんだ。浮き浮きさせる浮き世と思って生きてるんだ」
この小説のなかで、浮世絵は芝居と遊郭などの「悪所」を描いて、憂き世を浮き世に変えることが役割だという。
いつの時代も社会的な貧困から文化が創り出されることが多い。
例えば、バンクシーはイギリスの貧困街で、ステンシルアートによる反権力的なストリート・グラフィティを残している。
菱川師宣も圧倒的な庶民が廉価に手にいれることができる絵と文字の形式を工夫し、江戸の気風を伝える新鮮な画風を追求した。そして、菱川師宣の試みは浮世絵を発展させ、海を越えて当時のフランスの印象派の画家にまで影響を与えることになる。
まさに、菱川師宣が「浮世絵の祖」と称される所以である。