井上ひさしの直木賞受賞作の小説「手鎖心中」を読んだ。
NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の影響で本屋に平積みされている50年以上前に刊行された文庫本を買ってしまった。

小説「手鎖心中」は、才能のない材木問屋の若旦那が絵草紙の作家になるためのドタバタ喜劇。ばかばかしいことに命を賭け、茶番によって真実に迫ろうとする劇作家の本性を描いているが、30歳代後半の井上ひさし自身の姿を映しているのかもしれない。
直木賞の選考委員会では、司馬遼太郎は「作品そのものには多少の瑕瑾を指摘できる」、水上勉は「軽妙にしてずっしりと重い。おそらく日本文壇は、何年ぶりかで、個性ゆたかな作家を得たといえる」、松本清張は「ふざけた小説だとみるのは皮相で、作者は戯作者の中に入って現代の「寛政」を見ている」などなど、それぞれの作家さんらしい意見があったという。
小説「手鎖心中」は史実に忠実に基づいていないが、登場人物が豪華でにぎやか。
例えば、山東京伝、平賀源内、東洲斎写楽、喜多川歌麿、十返舎一九、曲亭馬琴、蔦屋重三郎など。
この小説の構成は、戯曲家をテーマとした物語なので、江戸の名所ごとに話を分けている。
日本橋、京橋、柳島、浅草、深川、鳥越、亀戸、向島。
亀戸では、清香園が登場する。これは江戸時代の呉服商・伊勢屋彦右衛門の別荘「清香庵」のことであり、「亀戸梅屋敷」と称して人気を博した梅の名所。その庭に竜が臥したような「臥竜梅」があったという。
小説「手鎖心中」の中で「臥竜梅」と思われる梅を描写している。
清香園の梅は変わっている。幹が地面と平らに並んでのびている。そして、枝は天に向かってのびている。横に置いた太い丸太に上から枝を垂直に突き刺したように見える。梅の花は、これまでに見たどんな梅の花よりも大きい。梅の香の中で鶯が鳴いている。
歌川広重が「名所江戸百景」で描いた「亀戸梅屋敷」は海を越えてゴッホが模写するなど、世界に影響を与えた傑作。
亀戸天神では梅の季節は終わってしまったが、ちょうど藤の花が見ごろ。
亀戸天神では「藤まつり」が今月末まで開催中。大混雑だけど藤の花は見ごたえがある。

さて、井上ひさし。
昭和に活躍した小説家であり劇作家であり放送作家であり、代表作はテレビ番組の「ひょっこりひょうたん島」や小説では「吉里吉里人」や「四千万歩の男」など。
井上ひさしは宮城県の仙台第一高等学校の出身であるが、在校中の思い出を半自伝的小説『青葉繁れる』に記している。その縁があって「仙台文学館」の初代館長に就任している。
仙台文学館のミュージアムショップで井上ひさし直筆(印刷)の色紙の言葉がすごく胸に刺さったので色紙を購入した。

難しいことを優しく愉快に伝える。
直木賞作家で文化功労者で日本芸術院会員の井上ひさしは、文体は軽妙であり言語感覚に鋭く、庶民の目線に立ったアーティストといえる。
まさに町人文化の浮世絵と同じだ。